二次(SS)15(特になし)
2008.12.15 Monday
「二人だけの階(きざはし)」
雨が降っていた。
しとしと、とかパラパラ、ではなく、本当に霧雨程度だ。だが、それでも雨は降っていた。
そんな中、大きな木の下で雨宿りをしている影がふたつ。
「…どーしようねぇ」
「どうしようなぁ」
「雨、やまないねぇ」
「やまないなぁ」
魅音と圭一だった。
枝と葉が大きく広がっている木で、雨が霧雨なこともあって、木の根元あたりの地面はほとんど濡れていない。だから二人は一番濡れていない場所、それでも多少湿っていた木の根元に圭一の上着を敷いて、その上に並んで座りこんでいた。
この木を見つけてから15分は経つだろうか。山の天気は変わりやすいから、たぶん、すぐやむに違いない、のだが。
「…ちょっと圭ちゃん、さっきから私の言ってること繰り返してるだけじゃん。ちゃんと考えてる?!」
「だってしょーがねーだろ?! 村の中だってまだ正確に把握してねーのに、こんな山の中のことまで知るわけねーっての!」
「そこを男子ならではのサバイバル知識でなんとか!」
「悪かったな、俺の知識はせいぜいデイキャンプ止まりなんだよ! だいたいそーゆーのは魅音の方が得意じゃねーのかよ?!」
「そんなこと言われたってさぁ?!」
そこで言い合いをやめて、魅音は沈黙した。はぁ、と嘆息して、目の前に広がる森を見る。
今日、裏山探検をしようと言い出したのは誰だったけか。…誰でもいい。今こうしていることだけが結果だ。
「…まさか迷うとは思ってなかったから、木に印とか付けてなかったし。雨雲のせいで太陽の位置も分かんないし」
今居る位置は山の中腹で、背にしている木を除けば、少し開けた場所だった。だから一応、山の頂上とそうでない方向は、分かるといえば分かる。ただしそれが人里のある方向かどうかは分からないのが問題だ。
ぼそっと、圭一が呟く。
「沙都子とはぐれたのが痛かったな」
「…やっぱり、沙都子がレナと梨花ちゃんを探しに行ったとき、動かない方がよかった気がするんだけど」
魅音がジト目で圭一を睨む。
最初にはぐれたのはレナと梨花だった。沙都子のトラップが随所にある裏山だから、魅音と圭一にはその場を動くなと言って、沙都子がはぐれた二人を探しに行った。ところが、しばらく待っても帰ってこなかったので、圭一が痺れを切らしたのだ。「俺たちも探しに行こう、大丈夫大丈夫」と楽観的に言った圭一を信じてついて行ったのも悪かったのかもしれない。今となっては、何を根拠に圭一があんな自信満々に大丈夫と言ったのか、サッパリ分からなかった。
魅音に睨まれて、圭一はついと視線を逸らす。
「……まさかあんなあっさり方角を見失うとは…。大自然の神秘だな」
「どこが神秘よ」
二人が迷ったのは、沙都子のトラップは関係なかった。敢えて言うなら、山歩きに明るいわけではない圭一が先頭に立ったことと、それに異を唱えなかった魅音の両方が悪いのだろう。気付いたら、こんな中腹にまで来てしまっていた。
少し開けた場所に出たからこれで状況が把握できると思ったのも束の間、雨が降ってきたわけで。
「まぁ、雨って言ってもずっとポツポツ来てるだけだから、ここで雨宿りしてるうちにすぐやむんじゃないか?」
「そうだといいんだけど。…ぅー、ちょっと冷えてきたかも」
魅音がぶるっと震えて、自分の体を抱きしめる。6月の暖かさとはいえ、山の中で、この雨だ。少し気温は下がっていた。
「…もうちょっとこっち寄れよ。ひっついてりゃその分体温であったかいだろ」
「え。…ぅ、うん…」
小さく言われた言葉に魅音は一瞬驚いて、それから頷いた。ほんの何cmかとはいえ離れていた距離を気合いで動いて、ぴとっと寄り添う。圭一の頬が少し赤い気がして、なんだか心がほこっとした。
「上着があればよかったんだけど、俺の上着は尻の下だしなぁ。…って、お前の腰のそれ、上着じゃないのか?」
「あ。そーいえば」
指摘されて、魅音はようやく思い出した。こういう時のためにいつもパーカーを巻いてたのだ。
「おいおい、しっかりしろよー」
圭一の茶化しを聞きながら、パーカーの袖を腰に括っていたのを外して、広げる。少し湿気っているような気もするが、濡れてはいなかった。バサリと一度はたいてからそれを着ようとしたところで、ふと気付く。
「…圭ちゃんこそ寒くない? 袖無しでしょ?」
「い、いいんだよ、男は気合いでなんとかなる」
上着は二人のお尻の下だから、圭一はシャツ一枚だった。口にした強がりとは裏腹に、むき出しになった二の腕が少し震えていることに、寄り添っている魅音は気付いた。
「やっぱり寒いんだ。…じゃぁ、半分こね」
「お、おい?」
戸惑う圭一を無視して、魅音はパーカーをめいっぱい広げ、自分と圭一の上半身が隠れるようにかけた。小さなマントにくるまっているような感じで。
それでも少しはみ出しそうだったので、魅音はもう少しだけ、圭一の方へきゅっと寄る。パーカー1枚とはいえ、冷たい空気と遮断されたその中は、温かかった。
「…ね、圭ちゃん。しばらくこうしててもいいかな。…雨がやむまででいいからさ」
「べ、別にそんな制限付けなくても…」
「え? ごめん、聞こえなかった」
口の中でもごもごと言われたので、魅音にはよく聞こえなかった。圭一はもう一度言おうか言うまいかしばらく迷った後、ボソッと言った。
「いいよ、ひっついてろよ。そのほうがあったかいしさ」
「…うん」
魅音は頷いて、圭一の肩に顔を寄せた。圭一の隣はあたたかくて、魅音はパーカーの下で小さく微笑む。
圭一は何も言わなかったが、横目で見ると、やっぱり少し頬が赤くなっていた。その様子になんとなく嬉しくなって、魅音は圭一の肩にもたれ掛かったまま、目を閉じた。
「おい、魅音」
あのまま寝入ってしまったのだろう、圭一の声で魅音は目を開けた。ごしごしと、まぶたを擦る。
「…んー、なぁに?」
「見ろよ、あれあれ」
わくわくしたような圭一の声に、魅音はもう一度まぶたを擦ってから、圭一の指差す方を見た。
木陰の外は、いつの間にか雨はやんで、青空が広がっていた。雨で大気中の塵が流されたのか、遠くの山並みまで綺麗に見える。木々の葉に太陽の光が反射して、青々と眩しい。そこへ、くっきりと、大きな虹が架かっていた。
「……うわぁ。綺麗…。きらきらしてる…」
「立った方が見えるんじゃねーか? ほら」
圭一が立ち上がって、手を差し出してきた。かけていたパーカーは、いつの間にか魅音だけをくるんでいた。寝入ってしまった自分に、圭一がかけてくれたのだろう。
魅音はパーカーを木の根っこの上に置いてから、圭一の手を取って立ち上がった。立ち上がった後も、圭一は魅音の手を離さなかった。だから二人は手を繋いだまま、葉っぱの屋根の下から出て、空に広がる七色の橋を見る。
どこへ続く橋だろう。麓の方から空へと昇って、はるか向こうの山へ。ただ、橋のたもとは霞んで見えない。あの辺りは、何があっただろうか。じっと虹が吸い込まれていく場所を見つめてから、魅音はもう一度、きらきらと光る虹全体を眺めた。澄んだ青空に、七色が映える。それから視線を虹から更に上げて、そこにも薄ぼんやりと、もう一本橋が架かっているのに気付いた。
「ね、外側にもう一重、見えない?」
「…ほんとだ。二重の虹なんて、初めて見た」
「私も初めてだよ」
こんな些細なことなのに、圭一と初めてを共有できたことが、嬉しかった。思ってから、なんて乙女チックなことを考えたんだろうと気付いて、自分でおかしくなる。でも、なんだか楽しい。心が躍っている。
しばらく見つめているうちに、虹は外側から順に、徐々に空に溶けていっていた。カメラはないから、心に刻みつけるしかない。
ふと、圭一が笑った。
「道に迷ってよかったな」
「え?」
「魅音と二人で、こんな綺麗な光景を見れたことを、俺はきっと忘れない」
それまで軽く握っていた手を圭一がぎゅっと握りしめてきたから、魅音も笑って、ぎゅっと握りかえした。
「…うん。私も忘れない」
圭一と見たこの光景を。圭一の手の温もりを。6月のこの瞬間を、きっと、忘れない。
ナチュラルに「もうすぐ、綿流し」と続けそうになって慌てて削除したのは秘密です。
ハッピーエンドが投稿規定だから!それは足しちゃダメ!
珍しく最初からタイトルがついてましたが、私が考えたものではありません。
だってタイトル考えるの、超苦手なんですよ…。恥ずかしいし…。
KK23さん、ありがとうございました///
ちなみに、二人はこの後なんとか麓の古手神社まで降りて、皆と合流して、
沙都子に「あれほど動くなと申し上げましたのに!」と怒られます(笑)。