二次(SS)6-5
2007.10.06 Saturday
その日の帰り道。
レナは今日は部活もせずに先に帰ってしまったので、俺と魅音の二人での帰宅だった。
俺たちはいつものように、その日の部活の戦果について語り合っていた。
今日の部活は大混戦だった。頻繁に順位が入れ替わり、さっきまでの1位があっという間にビリに転落する、なんてことも珍しくなかった。
そんなデッドヒートを制したのは、昨日のリベンジを誓った俺だった。2位が魅音で3位が沙都子。つまりビリは、珍しく梨花ちゃんだった。
罰ゲームは、昨日の復讐をすべく俺が提案していたメイド服が承認され、メイドさんな梨花ちゃんを全員で堪能した。
…俺が言うとアレだが、たいへん可愛らしかったと思う。レナが参加してたら、間違いなくお持ち帰りぃ〜☆されていたに違いない。
「しかしあの梨花ちゃんの可愛さは反則だよなぁ…」
「…圭ちゃーん、犯罪はやめてよ?」
「なんでそうなるんだっ?! そうじゃなくて普通に可愛かっただろ?!」
「うん、可愛いよねぇ…。レナが居たら絶対お持ち帰りしてたと思うね」
「…それは俺も思った」
ぷっ、と魅音が吹き出す。同じことを考えていたのが可笑しかったらしい。
「でも俺は、アレは魅音に着せたかったんだよ」
「えぇ?! 私ぃ?! …あぁ、昨日のリベンジって、そういうことだったわけぇ? 圭ちゃんはそんなにおじさんのメイドさん姿が見たかったんだ?」
魅音はおちょくるようにニヤッと笑った。でも俺は、それには乗らずにしみじみと言う。
「だって、魅音って私服のときはいっつもズボンだけど、絶対、ああいうひらひらしたのも似合うと思うんだよなぁ…」
「にっ……」
魅音は真っ赤になって絶句した…ように見えた。
俺がそんなことを言うとは思わなかったんだろう。…率直な意見なんだけどな。だからこそ魅音を負かせて着させたいと思ったんだが。
「なっ、なに言ってんの圭ちゃん! そんなの私には似合わないよ、似合わないって!」
「……何もそんなに力込めて否定しなくてもいいじゃねぇか…。…じゃぁ、次に魅音が負けたら、罰ゲームはそれな。全員の意見を聞くから」
「え、えぇーっ?! もう絶対負けないからね?!」
「くっくっく、今日の俺様の力を持ってすれば、魅音を負かすことなど容易い!」
「そんなの今日だけだよ、今日だけ!」
大げさに宣戦布告した俺に、魅音もムキになって返してくる。だが、俺は引かない。全員の賛同を得られれば、魅音だって納得せざるを得ないだろうからな!
「いーや、次も絶対勝って、お前にあのひらひらが似合うことを認めさせてやるからなっ」
「そ、そんなぁ…。……でも今日だって、僅差だったじゃん…」
「僅差だろうが、勝ちは勝ちだぜ?」
「そんなの分かってるもんー。…あーぁ、まさかあそこで避けられるとは思わなかったなぁ」
魅音はぶー、と口を尖らせて拗ねる。あそこって言うと…。
「あれか、ラスト2回目で、俺がいちかばちかで掛けたあの場面だろ?」
「そうそれ。あれは本当に凄かった……。あぁまで見事に逆転されちゃうと、逆に惚れ惚れしちゃったねぇ…」
その時を思い出して、魅音は遠い目をする。…なんだか、妙に感心されてるな。…あの逆転した場面に限って言えば、自分でもそう思わなくもないけど。
「…そうだなぁ。我ながら、見事に決まったよなぁ…」
「うんうん、あのときの圭ちゃん、かっこよかったよ?」
「…お、なんだ魅音。惚れ直したか?」
「…うん」
…………………………………………………………………………………………………え?
…その発言は、あまりにも自然に、…ポツリと言われたから。
俺がその内容を理解するのには、数瞬の時間が必要で。
ゆうに数歩分の距離を歩いてから、俺は固まった。
……軽い気持ちで言ったはずだった。
『んなわけないじゃん』という言葉が、ツッコミと共に返ってくると思っていた。
でも、「惚れ直したか?」で、「うん」ってことは、
…つまり、
えーっと、
その、
…だから、
……そういうこと………になる……よな…?
思い至った考えがじわじわと沁みてきて、顔が真っ赤になるのが、自分でも分かった。
恐る恐る、隣を歩いていたはずの魅音を見ると、少し後ろで魅音もやっぱり固まっていた。…というより、呆然としているように見える。
…なんだか、ついうっかり返事をしてしまって、今ようやく自分が言ったことの意味を理解した、そんな感じで。
魅音は時間差で、ぼがん、と爆発した。
うわ、可愛い。
…おいおい、待て待て待て。
なんで俺、嬉しいとか魅音が可愛いとか思ってんだ俺。
おかしいだろう?!
だって、魅音なんだぞ?
こないだまでの俺だったら、絶対なんかの冗談だと思って流してるはずだ。
…でも、昨日以来、なんだか妙に魅音を意識してしまっていて、流せなくて…。
……いやいや、それでもあの魅音だぞ?!
なんかの罠じゃ……、
ぐるぐる回っていた俺のそんな思考は、頬を染めたまま遠慮がちに上目遣いでこっちを見上げる魅音と目が合った途端、霧散した。
代わりに、頭から湯気が出たような気がする。
絶対、ぽんっ、とか言ったに違いない。
…もうだめだ。
俺はきっと壊れたんだ。
でなきゃ、気づいたら魅音を抱きしめてたなんてあるわけないじゃないか。
「け、けけけけ圭ちゃん、苦しいーーーっ?!」
「え? あ、すまん。つい…」
間近で上がった魅音の悲鳴に、俺は我に返った。
ぎゅっと抱きしめていたのを離したので、すぐ目の前にいる魅音と目が合って。…再び、お互い真っ赤になる。
…俺は、ようやく理解した。どうして自分が、…昨日から変だったかを。
………いや、違う。……本当は、昨日の時点で分かってた。
それを、認めたくなかったんだ。
…気づいてしまったら…、……変わってしまうから。
それが怖くて、俺はずっと気付かないフリをしていた。
…でも、俺はもう、…本当に、分かってしまったのだ。
この気持ちが、何なのか。
…だからこそ、俺は、この場から逃げ出したくてしかたがなかった。
だって、…何を言ったらいいんだよ?
抱きしめちゃった手前、何も言わずにいるなんて男じゃない。
……でも、この期に及んでも、俺は勇気のない奴だったから、確かめずにはいられなかった。
「…あ、あのさ、魅音」
「な、なに…?」
「そのー…俺のこと、その、マジで…?」
「あ、あはははは、まいったな、我ながらついうっかり言っちゃうとは思わなかった…」
言いながら、魅音は後ろ頭をかく。それでも俺がしばらく何も言わずにじっと見ていると、観念したかのように腕を下ろした。
そして魅音は、恥ずかしそうにちょっと目線を逸らして、頬を桜色に染めながら、小さく言った。
「……う、うん。本当…」
…おいなんだよそれ。すげぇ可愛いんだけど。
俺は魅音の顔をまともに見ていられなくなって、顔を伏せた。
火が出てるんじゃないかと思うほど顔は熱く、頭は茹って理性はどこかへいってしまったかのようで。
…あぁ、もうだめだ、何も考えられない。欲求を素直に言うなら、もっぺん抱きしめたい。でもいきなりまたそれはどうなんだ俺。
……どうする?! どうする俺?!
頭を抱えながら目の前に示された3枚のライフカードを見たものの、その白いカードに書かれていたのは「魅音を抱きしめる」「魅音を抱きしめる」「魅音を抱きしめる」。
うをを、意味がねぇえええっ?!
……俺のそんな議論になりゃしない脳内会議は、主観的には短い時間だったのだが、客観的には顔を伏せていた時間が長すぎたのだろう。やがて魅音が乾いた声をあげた。
「あ、あっはははは、ごめん、やっぱり冗談、忘れて…」
魅音はそのまま、きびすを返そうとした。俺は慌てて、魅音の腕をつかむ。
「お、おい、待てよ!」
「いっ、痛いよ、圭ちゃん」
「あ、…ご、ごめん」
振り返った魅音は、眦に涙をためていた。反射的に謝った俺は、それを見て手を離したい衝動に駆られたが、逃げられたら困るから、掴む力を緩めるだけにした。
…くそぅ、もうどうにでもなれ!! 男だろう前原圭一!!!
そう力強く決意したものの、口から出た言葉は、情けないほどしどろもどろだった。
「…い、いや、そうじゃなくて、…その…。…め、めちゃくちゃ嬉しかった……から……なんて言ったらいいか、分からなくて……。…だ、だから、その、…逃げないでくれよ……」
「へ」
魅音は再び固まった。
…なんだよこいつ、自分から告白してきたくせに、オッケーされることは考えてなかったのか?
それがなんだか魅音らしくて、俺は肩の力が抜けた。
軽く笑って、もう一度魅音を抱きしめる。今度はふわりと。
再び抱きしめられたことに気づいた魅音は、俺の腕の中でじたばたもがいていたが、しばらくすると諦めたのか、大人しくなった。
…こうやって抱きしめてみると、魅音って、思ってたよりなんだか細っこいというか…。
「お前…、けっこう華奢だったんだなぁ。胸あるから気づかなかった」
「…圭ちゃん、それセクハラ…。…私、けっこう気にしてるんだから言わないでよぉ…」
「そうなのか? 俺は好きだけど」
「……胸が?」
ぷぅ、と魅音がふくれる。その仕草があんまり可愛くて、俺は笑う。
「胸も好きだけど、…全部、かなぁ」
何の全部かは、恥ずかしくて言えなかった。でも魅音には伝わったらしい。ぷしゅう、と、煙を吐いた。…あぁ、もう、本当に、なんでこんなに可愛いんだよ。
俺はもうたまらなくなって、もう一度ぎゅっと力を込めた。
魅音はまたしゅぅと煙を吐いたけれど、おそるおそる、俺の背中に手を回してくれて。俺たちはそのまましばらくそこで立ちつくしたのだった。
「しかし…どうすっかなぁ、明日から」
「え、何が?」
「こんな道のど真ん中で抱き合っちゃって、明日には村中に知れ渡ってる気がするぜ…」
夕方の遅い時間だから、人通りはないし、さっきから村人の姿は見ていない。でも、それでもいつの間にか知れ渡っていそうなのが、雛見沢という場所だった。
「しまったーー?! どうしよう、恥ずかしくて村の中歩けないよぅ…っ」
魅音は頭を抱える。普段の魅音だったらそんなことに気づかないわけがないのに、魅音なりにテンパっていたらしい。
…そんな魅音もまた可愛いな、とか思ってしまって、自分で苦笑した。
俺は魅音を解放して、その頭をぽんぽん、と撫でる。
「とりあえず、いつもどおりにしてようぜ。でないと、明日教室に入ったとたん冷やかされそうな気がするし…」
「い、いつもどおりって言われても…、うぅ…」
「…でも、このくらいはしてもいいよな?」
俺はできる限り自然な口調で言って、さりげなく魅音の手を取った。途端に魅音が爆発する。
…おいおい、さっきまで抱きしめてたのに、手を繋いだだけで爆発するなよ…。
そう思ったが、魅音の手の柔らかさに気づいた俺のほうも爆発しそうだったので、言うのはやめておく。
そのまま魅音と手を繋いで、…と言うより放心気味の魅音の手を引いて残りの帰路を歩き、いつもの水車小屋のところで別れた。
もう日が暮れるから早く帰れよ、と言ったのに、魅音は俺の姿が見えなくなるまで手を振っていた。…それが分かるくらい、俺も何度も振り返ってたわけだが。
どうせまた明日会うのに、妙に名残惜しかった。
魅音の手を握っていた右手が、まだ温かかくて、嬉しかった。
…たぶん、気が緩んでたんだと思う。
新しい土地に引っ越してきて、毎日が楽しくて、告白とかされて、浮かれてたんだと思う。
だから気づかなかったのだ。
……おそらくそれが、惨劇の始まりだったということに。